交通事故と健康保険
文責 社会保険労務士 松井 宝史 2021.07.10
自動車事故でケガをした場合
自動車事故によってケガをした場合にも、健康保険の被保険者または被扶養者は健康保険の診療や傷病手当金などの給付を受けることができます。
実際に、健康保険を利用するかどうかは、加害者との話合いの状況に応じて被保険者が選択するわけですが、健康保険を使用するときは、「第三者の行為による傷病届」を保険者(全国健保協会等または健康保険組合)に提出しなければならないことになっています。
この場合、保険者はその給付に要した費用を加害者または自賠責保険等の期間に請求して、とりもどすことになっており、被害者は保険給付をうけた限度で損害賠償の請求権がなくなります。
また、被害者(被保険者)が同一の事由について損害賠償をうけたときは、保険者は、その価格の限度で保険給付をしないことが出来ることになっています。
つまり、自動車事故でケガをした場合の健康保険の給付には、治療費と生活保障に相当する傷病手当金がありますが、被保険者が自動車事故の被害者として、治療費や生活補償にみあう賠償金を加害者から受け取ったときは、その範囲内で、健康保険の給付が受けられなくなります。
なお、国民健康保険、船員保険、共済組合などの医療保険でも、健康保険と同様の取扱いになります。
私どもの事務所では、交通事故にあった場合の「第三者行為による傷病届」を平成17年から業務として取り扱っています。
一番多い時は、年間200件以上取り扱っていたことがあります。
現在は、2週に1件ぐらいのペースで取り扱っています。
交通事故に遭って、ご家族の方が病院に入院したとします。
治療が始まると、相手の自動車保険の人身担当者から連絡が入ります。
そして、しばらくすると、治療について自賠責保険から健康保険への切替の話が出てきます。
さて、「そこでどうしましょうか?」と悩むことになります。
切り替えるべきかどうか?
私どもの事務所の考え方は、切り替えた方がメリットがあると考えています。
手続きをどうすればいいかは、私どもの事務所にご相談ください。
また、切り替えた方が、おケガをした方にとってどのようなメリットがあるかを、ご説明させていただいています。
どうぞ、ご安心ください。
尚、重い障害を負った場合は、障害厚生年金の申請が出来ます。
その場合も、「第三者行為事故状況届」が必要となります。
労災事故の場合も上記の「第三者行為事故状況届」が必要となります。
記入方法は、意外と難しく、初めての方だと戸惑うことがあります。
無料相談コーナー(2日以内の回答を心がけています。)
第三者行為災害届につきましては、一度はお気軽に当事務所までお問い合わせください。
健康保険でうけられる給付
療養の給付(家族療養費)
健康保険を扱っている病院・診療所(保険医療機関)に被保険者証を提示すれば、傷病が治まるまでは診療、薬剤・治療材料の支給、処置・手術その他の治療、在宅療養・看護、入院・看護などの給付がうけられます。
ただし、一部負担金・自己負担額の支払いが必要です。
また、被害者(被保険者)が同一の事由について損害賠償をうけたときは、保険者は、その価格の限度で保険給付をしないことが出来ることになっています。
つまり、自動車事故でケガをした場合の健康保険の給付には、治療費と生活保障に相当する傷病手当金がありますが、被保険者が自動車事故の被害者として、治療費や生活補償に見合う賠償金を加害者から受け取ったときは、その範囲内で、健康保険の給付が受けられなくなります。
なお、国民健康保険、船員保険、共済組合などの医療保険でも、健康保険と同様の取扱いになります。
高額療養費
1ヶ月の一部負担金等の窓口負担額が、自己負担限度額(高額療養費算定基準額)を超えた時は、高額療養費として、その超えた分の払い戻しをうけることができます。
入院時食事療養費
入院中の食事については、食事療養の費用額から標準負担額を除いた部分が、健康保険から入院時食事療養費として給付されます(現物給付)。
療養費の支給
輸血の生血代、コルセット・サポーター等の代金、保険医の指示のもとにマッサージ等の手当を受けた場合は、被保険者がその費用を支払い、あとで保険者に請求して認められれば標準料金の払い戻しをうけられます。
また、緊急その他やむを得ない事情で保険医療機関以外の医療機関で診療をうけた場合でも、保険者がその事情を認めれば療養の給付の場合に準じて、実際に支払った額の範囲内で支給されます。
柔道整復師の施術は、医者にかかったときに準じて、被保険者証で受けられる場合があります。
訪問看護療養費
在宅療養者が訪問看護サービスをうけた場合は、訪問看護の費用から基本利用料金(療養の給付・家族療養費の一部負担金・自己負担額と同じ負担割合)を控除した額が、健康保険から訪問看護療養費として支給されます(現物給付)。
移送費(家族移送費)
医師の指示により一時的・緊急的な必要性があって移送された場合で、病気・ケガで移動が困難であり、かつ緊急その他やむを得ない時は、保険者が認めたときに支給されます。
傷病手当金
療養のために連続して3日以上欠勤し、4日以上欠勤して給与がもらえない時は、欠勤4日目から1年6ヵ月の範囲で標準報酬日額の三分の二が支給されます。
埋葬料・埋葬費(家族埋葬料)
故人によって生計を維持されていた家族が埋葬を行った時は5万円、その他の人が埋葬を行った時は5万円の範囲内で実費が支給されます。
退職後の給付
被保険者期間が継続して1年以上ある人が被保険者の資格を失ったとき、傷病手当金をうけているか、受ける条件を満たしている人は、その期間が満了するまで受けられます。
また、被保険者の資格がなくなってから3ヶ月以内に死亡したとき、または、その給付をうけなくなってから3ヶ月以内に死亡したときには、埋葬料(費)が支給されます。
保険給付した場合の求償権
交通事故で負傷した場合でも、当然健康保険の給付は行われるが、その場合、保険者は「保険給付をした価格の限度」で、被保険者または被扶養者が加害者に対してもっている損害賠償を請求する権利を取得して、加害者にその費用を請求するということになります。
代位取得の要件
この規程によって、保険者が第三者(加害者)に対して求償権を行使するためには、
① 事故が第三者の行為によって生じたものであること
② 保険者が保険給付をしたこと
③ 保険給付の対象となった人(被保険者等)が第三者(加害者)に対して損害賠償請求権をもっていることの三つの要件が必要となります。
求償権の移転
被保険者が加害者に対してもっている損害賠償請求権を保険者が代位取得するのに、加害者に通知するとか、その承諾を得るという必要はまったくありません。保険者が保険給付をすれば、同時に、被保険者等がもっている損害賠償請求権を、法律上当然に、保険者が取得するということです。
代位取得された損害賠償請求権は、示談の対象にならないので、被保険者等の意思によってその中身を変更したり消滅させたりすることは出来ないということです。
代位取得の対象
保険者が、被保険者等の有する損害賠償請求権を代位取得する対象は「保険給付の価格の限度」ということになっています。
この保険給付の価格の限度というのは、保険給付に実際に要した費用の範囲内という意味です。損害賠償と見られるものの中には、慰謝料、見舞金、被害者の家族に対する手当のように健康保険の給付と直接関係のないものもありますが、そこまでは代位取得の効果は及びません。
入院時食事療養費
入院中の食事については、食事療養の費用額から標準負担額を除いた部分が、健康保険から入院時食事療養費として給付されます(現物給付)。
示談と求償権の範囲
示談後保険給付が行われた場合に保険者が代位取得する求償権の範囲は、示談の内容によって拘束されます。
たとえば、被保険者等が示談と同時に損害賠償を全額うけとってしまった場合には、被保険者等がすでに損害賠償請求権を消滅させてしまっているので、示談後の保険給付については、保険者が求償権を代位取得すべき対象がなくなってしまったことになり、求償権の移転はないということになります。
その代わり、うけとった賠償額の範囲で、保険者は保険給付をしないことができます。
逆に、いくらかかるかわからないから、治ったあとで払いましょうという場合には、被保険者等はまだ賠償をうける権利をもっていますから、保険者は保険給付した価格に相当するすべての求償権を代位取得することになります。
ここで注意しなければならないのは、示談により損害賠償請求権の一部または全部を放棄した場合は、その範囲で保険給付がうけられなくなるということです。
健康保険を使用するかどうかの判断
実際に健康保険を使用するかどうかは、実情に応じて、保険者等が自主的に判断すべきものですが、自動車事故は千差万別で、加害者との話合いの状況もそれぞれのケースですべて違いますから、適切に判断しがたいことも少なくありません。
そこで、参考のために2~3の例をあげて、どんな場合に健康保険を使用したほうがよいか、説明しておきましょう。
加害者と被害者が話合いをして、加害者が全面的に補償してくれる場合は、加害者と被害者との間で解決できますから、健康保険を使う必要はありませんし、使うと、手続きや示談などがそれだけ複雑になって、解決が長引くこともあります。
重症で治療に多額の費用を使うと、後日、加害者が自賠責保険等に請求した時に保険金の残りが少なくなり、あとの生活費、慰謝料などは加害者に依存する結果になりますので、加害者が支払わなければ被害者の不利となってしまいます。
こういう場合には、健康保険を利用したいケースですので、健康保険の給付のうち、治療費と生活費に相当する傷病手当金のいずれかを健康保険で給付してもらうか、年金事務所等または健康保険組合に相談した方が良いでしょう。
加害者に支払能力がない場合
加害者と話し合ってみた結果、加害者側に支払能力がなく、自動車任意保険等にも加入していないことが分かった時は、加害者にできるだけの賠償をするように強力に交渉を続ける必要があることはいうまでもありませんが、現実には、自賠責保険等の給付額の範囲内でまかなえるように工夫しなければならないことになります。
この場合にも、重症と軽症で考え方が違ってきます。
軽症で、1~2ヶ月で治るようなケガであれば、保険金の限度の範囲内でまかなうことができるでしょうから、自分が費用を支払って、その領収書を保存しておいて、後日、まとめて自賠責保険等に請求すればよいわけです。
しかし、重症で自賠責保険等の保険金の限度額でまかなえないときは、自分でその費用を立て替えると、経済的に支障をきたすこともあり、健康保険を利用した方が有利とされています。
健康保険を使用する時は、必ず所定の手続きをしてください。
被害者の過失が大きい場合
被害者の過失が大きくて、加害者に全面的に責任を負わせることが難しい場合も、自賠責保険等をうまく利用して処理したいケースです。
極端な場合には、被害者の過失責任を重くみられて、加害者側の賠償を実際上期待できなかったり、健康保険の給付制限の規程にもふれて、健康保険の給付がうけられなかったり、部分的に制限されることもあります。
たとえば、被害者が無免許運転や飲酒運転など、重い交通違反をしたために事故にあったり、被害を大きくした場合は、健康保険の給付制限の規程にふれますから、健康保険の給付をうけられなくなることもあります。
損害賠償額試算しました
損害賠償額試算
過失割合30%です。
項目 | 自賠責保険使用 |
健康保険使用 |
治療費 |
4,454,200円 |
2,227,100円 |
看護料 |
253,500円 |
253,500円 |
通院費 |
9,780円 |
9,780円 |
休業損害 |
3,733,500円 |
3,733,500円 |
慰謝料 |
1,600,000円 |
1,600,000円 |
入院雑費 |
249,000円 |
249,000円 |
その他 |
62,469円 |
62,469円 |
小計 |
10,362,449円 |
8,135,349円 |
後遺障害逸失利益 |
8,205,360円 |
8,205,360円 |
後遺障害慰謝料 |
2,600,000円 |
2,600,000円 |
小計 |
10,805,809円 |
10,805,360円 |
損害額合計 |
21,167,809円 |
18,940,709円 |
過失相殺 |
6,350,343円 |
5,682,213円 |
損害賠償額 |
14,817,466円 |
13,258,496円 |
既払い額 |
6,029,229円 |
3,802,129円 |
最終請求額 |
8,788,237円 |
9,456,367円 |
備考 |
差額 |
668,130円 |
損害賠償試算
過失割合50%です。
項目 | 自賠責保険使用 |
健康保険使用 |
治療費 |
4,454,200円 |
2,227,100円 |
看護料 |
253,500円 |
253,500円 |
通院費 |
9,780円 |
9,780円 |
休業損害 |
3,733,500円 |
3,733,500円 |
慰謝料 |
1,600,000円 |
1,600,000円 |
入院雑費 |
249,000円 |
249,000円 |
その他 |
62,469円 |
62,469円 |
小計 |
10,362,449円 |
8,135,349円 |
後遺障害逸失利益 |
8,205,360円 |
8,205,360円 |
後遺障害慰謝料 |
2,600,000円 |
2,600,000円 |
小計 |
10,805,809円 |
10,805,360円 |
損害額合計 |
21,167,809円 |
18,940,709円 |
過失相殺 |
10,583,905円 |
9,470,355円 |
損害賠償額 |
10,583,905円 |
9,470,355円 |
既払い額 |
6,029,229円 |
3,802,129円 |
最終請求額 |
4,554,676円 |
5,668,226円 |
備考 |
差額 |
1,113,550円 |
健康保険の手続き
被保険者の届出の義務
被保険者は第三者の行為によってうけた傷害について健康保険の療養の給付(特定療養費、入院時食事療養費を含む)をうける場合は、その事実、第三者(加害者)の住所(居住)・氏名(わからないときはその旨)、被害の状況を一刻も早く保険者に届け出る義務があります。
この届出は、被保険者が「第三者の行為による傷病届」という様式によって行うことになっていますので、この様式に必要な記載をし、自動車安全運転センターの事故証明書、示談が成立しているときは示談書の写しなど必要な書類をそえて、全国健康保険協会または健康保険組合に届け出てください。
事故にあったとき(第三者行為による傷病届等について)(全国健康保険協会)
保険者は、この届出によって、求償権を具体的に行使すべきものかどうか、つまり、保険給付をしたものについて、どの範囲まで求償権が代位取得されているかを判断することが出来ますし、加害者または自賠責保険等の機関に求償することができることになります。
療養費払いの場合
自動車事故でやむを得ず保険医療機関以外の医療機関を利用した場合には、その治療費を一時本人がたてかえて、あとで保険者に請求して支払を受ける「療養費払い」の扱いになりますが、こういう場合にも療養の給付を受ける場合と同様の届出をしなければならないことになっています。
政府保険事業との関係
ひき逃げ、車検切れ(自賠責未加入)等の場合には、自賠法による政府補償が行われます。
しかし、この補償は加害者としての補償ではないので、社会保険などの給付をうけられるときは、その限度で補償しないことになっており、社会保険の給付が行われた場合はこの制度による政府に対する求償権は行使できないことになっています。
自賠法と老人医療等との関係
後期高齢者医療保険の場合
健康保険の場合と同じで、第三者により傷害をうけ後期高齢者医療をうけた場合は、実施主体の広域連合が被害者の求償権を代位取得します。
また、同一事由につき第三者(加害者)から損害賠償をうけたときは、その価額の限度で後期高齢者医療はおこなわれません。
第三者の行為により後期高齢者医療を受けたときは、市区町村に、その旨を届け出ることになっています。このように、自賠責保険等との関係は、健康保険の場合と同様です。
国民健康保険の場合
地域住民や、サラリーマンOB等(退職者医療制度)を対象とする国民健康保険においても、自賠責保険等との関係は健康保険の場合と同じです。
介護保険の場合
介護保険の給付の対象となる要介護状態等が、第三者の行為により生じた場合は、健康保険と同様に、要介護者等(被害者)が第三者(加害者)に対してもつ損害賠償請求権は保険給付額を限度として保険者(市区町村)に移転し、市区町村は、第三者(加害者)との間で負担割合を決定して求償を行うことになっています。
また、同一事由につきすでに要介護者等が第三者(加害者)から損害賠償をうけている場合は、その価額の範囲ないで保険給付は行われません。
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