循環器疾患の障害認定基準
文責 社会保険労務士 松井 宝史 2020.08.07
心疾患と高血圧症による障害の程度は、次により認定します
認定基準
循環器疾患の障害は、2つに分かれます
1.心疾患 2.高血圧症です。
心疾患
心疾患による障害は、弁疾患、心筋疾患、虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症)、難治性不整脈、大動脈疾患、先天性心疾患に区分します。
1、 心疾患の障害等級の認定は、最終的には心臓機能が慢性的に障害された慢性心不全の状態を評価することです。この状態は虚血性心疾患や弁疾患、心筋梗塞などのあらゆる心疾患の終末像です。
慢性心不全とは、心臓のポンプ機能の障害により、体の末梢組織への血液供給が不十分となった状態を意味し、一般的には左心室系の機能障害が主体をなしていますが、右心室系の障害も考慮に入れなければなりません。左心室系の障害により、動悸や息切れ、肺うっ血による呼吸困難、咳・痰、チアノーゼなどが右心室系の障害により、全身倦怠感や浮腫、尿量減少、頚静脈怒張などの症状が出現します。
2、 心疾患の主要症状としては、胸痛、動悸、呼吸困難、失神等の自覚症状、浮腫、チアノーゼ等の他覚所見がありますが、後者は意思の診察により得られた客観的症状なので常に自覚症状と連動しているか否かに留意する必要があります。重症度は、心電図、心エコー図、カテーテル検査、動脈血ガス分析値も参考となります。
3、 検査実績としては、血液検査(BNP値)、心電図、心エコー図、胸部X線、X線CT、MRI等、核医学検査、循環動態検査、心カテーテル検査(心カテーテル法、心血管造影法、冠動脈造影法等)等があります。
4、 肺血栓塞栓症、肺動脈性肺高血圧症は、心疾患による障害として認定されます。
5、 心血管疾患が重複している場合には、客観的所見に基づいた日常生活能力等の程度を十分考慮して総合的に認定します。
6、 心疾患の検査での異常検査所見を一部示すと、次のとおりです。
区分 |
異常検査所見 |
A |
安静時の心電図において、0.2mV以上のSTの低下もしくは0.5mV以上の深い陰性T波(aVR誘導を除く。)の所見のあるもの |
B |
負荷心電図(6Mets未満相当)等で明らかな心筋虚血所見があるもの |
C |
胸部X線上で心胸郭係数60%以上又は明らかな肺静脈性うっ血所見や間質性肺水腫のあるもの |
D |
心エコー図で中等度以上の左室肥大と心拡大、弁膜症、収縮能の低下、拡張能の制限、先天性異常のあるもの |
E |
心電図で、重症な頻脈性又は徐脈性不整所見のあるもの |
F |
左室駆出率(EF)40%以下のもの |
G |
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)が200pg/mll相当を超えるもの |
H |
重症冠動脈狭窄病変で左主幹部に50%以上の狭窄、あるいは、3本の主要冠動脈に75%以上の狭窄を認めるもの |
I |
心電図で陳旧性心筋梗塞所見があり、かつ、今日まで狭心症状を有するもの |
注1:原則として異常検査所見があるもの全てについて、それに相当する心電図等を提出(添付)すること。
注2:「F」についての補足
心不全の原因には、収縮機能不全と拡張機能不全とがあります。
近年、心不全症例の約40%はEF値が保持されており、このような例での心不全は左室拡張不全機能障害によるものとされています。
しかしながら、現時点において拡張機能不全を範便に判断する検査法は確立されていません。
左室拡張末期圧基準値(5-12mmHg)をかなり超える場合、パルスドプラ法による左室流入血流速度波形を用いる方法が一般的です。この血流速度波形は急速流入期血流速度波形(E波)と心房収縮期血流速度波形(A波)からなり、E/A比が1.5以上の場合は、重度の拡張機能障害といえます。
注3:「G」についての補足
心不全の進行に伴い、神経体液因子が血液中に増加することが確認され、心不全の程度を評価する上で有用であることが知られています。中でも、BNP値(心室で生合成され、心不全により分泌が亢進)は、心不全の重症度を評価する上でよく使用されるNYHA分類の重症度と良好な相関性を持つことが知られています。この値が常に100pg/ml以上の場合は、NYHA心機能分類でⅡ度以上と考えられ、200pg/ml以上では、心不全状態が進行していると判断されます。
注4:「H」についての補足
すでに冠動脈血行再建が完了している場合を除く。
心疾患の一般状態区分表
心疾患による障害の程度を一般状態区分表で示すと次のとおりです。
一般状態区分表
区分 |
一 般 状 態 |
ア |
無症状で社会活動ができ、制限を受けることなく、発病前と同等にふるまえるもの |
イ |
軽度の症状があり、肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働や座業はできるもの 例えば、軽い家事、事務など |
ウ |
歩行や身のまわりのことはできるが、時に少し介助が必要なこともあり、軽労働はできないが、日中の50%以上は起居しているもの |
エ |
身のまわりのある程度のことはできるが、しばしば介助が必要で、日中の50%以上は就床しており、自力では屋外への外出がほぼ不可能となったもの |
オ |
身のまわりのこともできず、常に介助を必要とし、終日就床を強いられ、活動の範囲がおおむねベッド周辺に限られるもの |
(参考)上記区分を身体活動能力にあてはめると概ね次のとおりとなります。
区分 |
身体活動能力 |
ア |
6Mets以上 |
イ |
4Mets以上6Mets未満 |
ウ |
3Mets以上4Mets未満 |
エ |
2Mets以上3Mets未満 |
オ |
2Mets未満 |
(注)Metsとは、代謝当量をいい、安静時の酸素摂取量(3.5ml/kg/体重/分)を1Metsとして活動時の酸素摂取量が安静時の何倍かを示すものです。
弁疾患の一部例示
弁疾患の各等級に相当すると認められるものを一部例示すると次のとおりです。
1級 |
病状(障害)が重篤で安静時においても、心不全の症状(NYHA心機能分類クラスⅣ)を有し、かつ、一般状態区分表のオに該当するもの |
2級 |
1、人工弁を装着後、6ヵ月以上経過しているが、なお病状をあらわす臨床所見が5つ以上、かつ、一般状態区分表のウ又はエに該当するもの |
2、異常検査所見のA,B,C,D,Eのうち2つ以上の所見、かつ、病状をあらわす臨床所見が5つ以上あり、かつ一般状態区分表のウまたはエに該当するもの |
|
3級 |
1、人工弁を装着したもの |
2、異常検査所見のうち1つ以上、かつ、病状をあらわす臨床所見が2つ以上あり、かつ、一般状態区分表のイ又はウに該当するもの |
注1:複数の人工弁置換術を受けている者にあっても、原則3級相当とします。
注2:抗凝固薬使用による出血傾向については、重度のものを除き認定の対象とはしません。
YHA心機能重症度分類
ClassⅠ |
心機能障害はあるが、通常の運動をしても症状が出ない |
ClassⅡ |
通常の運動により息切れなどの症状が出現する |
ClassⅢ |
軽度の日常動作で症状が出現するが、安静では出現しない |
ClassⅣ |
安静時にも症状が出現する |
心筋疾患の一部例示
心筋疾患の各等級に相当すると認められるものを一部例示すると次のとおりです。
1級 |
病状(障害)が重篤で安静時においても、心不全の病状(NYHA心機能分類NYHA心機能分類クラスⅣ)を有し、かつ、一般状態区分表のオに該当するもの |
2級 |
1、異常検査所見のFに加えて、病状をあらわす臨床所見が5つ以上あり、かつ、一般状態区分表のウ又はエに該当するもの |
2、異常検査所見のA,B,C,D,E,Gのうち2つ以上の所見及び心不全の症状をあらわす臨床所見が5つ以上あり、かつ、一般状態区分表のウ又はエに該当するもの |
|
3級 |
1、EF値が50%以下を示し、病状をあらわす臨床所見が2つ以上あり、かつ、一般状態区分表のイ又はウに相当するもの |
2、異常検査所見のA,B,C,D,E,Gのうち1つ以上の所見及び心不全の病状をあらわす臨床所見が1つ以上あり、かつ、一般状態区分表のイ又はウに該当するもの |
注:肥大型心筋症は、心室の収縮は良好に保たれるが、心筋肥大による心室拡張機能障害や左室流出路狭窄に伴う左室流出路圧較差などが病状の基本となっています。
したがってEF値が障害認定にあたり、参考とならないことが多く、臨床所見や心電図所見、胸部X線検査、心臓エコー検査所見なども参考として総合的に障害等級を判断します。
虚血性心疾患の一部例示
虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症)の各等級に相当すると認められるものを一部例示すると次の通りです。
1級 |
症状(障害)が重篤で安静時においても、常時心不全あるいは狭心症状を有し かつ、一般状態区分表のオに該当するもの |
2級 |
異常検査所見が2つ以上、かつ、軽労作で心不全あるいは狭心症などの症状を あらわし、かつ、一般状態区分表のウまたはエに該当するもの |
3級 |
異常検査所見が1つ以上、かつ、心不全あるいは狭心症などの症状が1つ以上 あるもので、かつ、一般状態区分表のイまたはウに該当するもの |
注:冠動脈疾患とは、主要冠動脈に少なくとも1か所の有意狭窄をもつ、あるいは、冠攣縮が証明されたものをいいます。冠動脈造影が施行されていなくても心電図、心エコー図、核医学検査等で明らかに冠動脈疾患と考えられるものを含みます。
難治性不整脈の一部例示
難治性不整脈による各等級に相当すると認められるものを一部例示すると次の通りです。
1級 |
症状(障害)重篤で安静時においても、常時心不全の症状(NYHA心機能分類クラスⅣ)を有し、かつ、一般状態区分表のオに該当するもの |
2級 |
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3級 |
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注1:難治性不整脈とは、放置すると心不全や突然死を引き起こす危険性の高い不整脈で、適切な治療を受けているにもかかわらず、それが改善しないものをいいます。
注2:心房細動は、一般に加齢とともに漸増する不整脈であり、それのみでは認定の対象とはなりませんが、心不全を合併したり、ペースメーカーの装着を要する場合には認定の対象となります。
動脈疾患の一部例示
大動脈疾患による各等級に相当すると認められるものの一部を例示すると次の通りです。
3級 |
|
注1:Stanford分類A型:上行大動脈に解離がある。
Stanford分類B型:上行大動脈まで解離が及んでいないもの。
注2:大動脈瘤とは、大動脈の一部が嚢状または紡錘状に拡張した状態で、先天性大動脈疾患や動脈硬化(アテローム硬化)、膠原病などが原因となります。これのみでは認定の対象とはなりませんが、原疾患の活動性や手術による合併症が見られる場合には、総合的に判断します。
注3:胸部大動脈瘤には、胸腹部大動脈瘤も含まれます。
注4:難治性高血圧とは、塩分制限などの生活習慣の修正を行ったうえで、適切な薬剤3薬以上の降圧薬を適切な用量で継続投与しても、なお、収縮期血圧が140mmHg以上又は拡張期血圧が90mmHg以上のものです。
注5:大動脈疾患では、特殊な例を除いて心不全を呈することはなく、また最近の医学の進歩はありますが、完全治癒を望める疾患ではありません。したがって、一般的には1、2級には該当しませんが、本傷病に関連した合併症(周辺臓器への圧迫症状など)の程度や手術の後遺症によっては、さらに上位等級に認定します。
大動脈瘤の定義:嚢状のものは大きさを問わず、紡錘状のものは、正常時(2.5~3cm)の1.5倍のものをいいます。(2倍以上は手術が必要となります。)
人工血管にはステントグラフトも含まれます。
先天性心疾患の一部例示
先天性心疾患による各等級に相当すると認められるものを一部例示すると、次のとおりです。
1級 |
病状(障害)が重篤で安静時においても、常時心不全の症状(NYHA心機能分類クラスⅣ)を有し、かつ、一般状態区分表のオに相当するもの |
2級 |
1、異常検査所見が2つ以上及び病状をあらわす臨床所見が5つ以上あり、かつ、一般状態区分表のウ又はエに該当するもの |
2、Eisen menger化(手術不可能な逆流状況が発生)を起こしているもので、かつ、一般状態区分表のウ又はエに該当するもの |
|
3級 |
1、異常検査所見のC,D,Eのうち1つ以上の所見及び病状を、あらわす臨床所見が1つ以上あり、かつ、一般状態区分表のイ又はウに該当するもの |
2、肺体血流比1.5以上の左右短絡、平均動脈収縮期圧50mmHg以上のもので、かつ、一般状態区分表のイ又はウに該当するもの |
重症心不全
心臓移植や人工心臓等を装着した場合の障害等級は、次のとおりとします。ただし、術後は次の障害等級に認定しますが、1~2年程度経過観察したうえで症状が安定しているときは、臨床症状、検査成績、一般状態区分表を勘案し、障害等級を再認定します。
・ 心臓移植 1級
・ 人工心臓 1級
・ CRT(心臓再同期医療機器)及びCRT-D(除細動器付き心臓再同期医療機器) 2級
心臓ペースメーカー又は、ICD(植込み型除細動器)又は人工弁を装着した場合の障害の程度を認定すべき日は、それらを装着した日(初診日から起算して1年6ヵ月以内の日に限る。)となります。
各疾患によって、用いられる検査が異なっており、また、特殊検査が多いため、診断書上に適切に症状をあらわしていると思われる検査成績が記載されているときは、その検査成績も参考とし、認定時の具体的な日常生活状況等を把握して、総合的に認定します。
高血圧症による障害
高血圧症による障害の程度は、次により認定します。
認定基準
高血圧症による障害については、次のとおりです。
障害の程度 |
障害の状態 |
1級 |
身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの |
2級 |
身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの |
3級 |
身体の機能又は精神若しくは神経系統に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するもの |
高血圧症による障害の程度は、自覚症状、他覚所見、一般状態、血圧検査、血圧以外の心血管病の危険因子、脳、心臓及び腎臓における高血圧性臓器障害並びに心血管病の合併の有無及びその程度等、眼底所見、年齢、原因(本能性又は二次性)、治療及び症状の経過、具体的な日常生活状況等を十分考慮し、総合的に認定するものとし、当該疾病の認定の時期以後少なくとも1年以上の療養を必要とするものであって、長期にわたる安静を必要とする病状が、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のものを1級に、日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものを2級に、又、労働が制限を受けるか又は 労働に制限を加えることを必要とする程度のものを3級に該当するものと認定します。
高血圧症による障害については、次のとおりです。
① 高血圧症とは、おおむね降圧薬非使用下で最大血圧が140mmHg以上、最小血圧が90mmHg以上のものをいいます。
② 高血圧症により脳の障害を合併したものによる障害の程度は、精神の障害及び神経系統の障害の認定要領により認定します。
③ 高血圧症により心疾患を合併したものによる障害の程度は、心疾患による障害の認定要領により認定します。
④ 高血圧症により腎疾患を合併したものによる障害の程度は、腎疾患による障害の認定要領により認定します。
⑤ 悪性高血圧症は1級と認定します。この場合において「悪性高血圧症」とは、次の条件をほぼ満たす場合をいいます。
ア 高い拡張期性高血圧(通常最小血圧が120mmHg以上)
イ 眼底所見で、Keith-Wagener分類Ⅲ群以上のもの
ウ 腎機能障害が急激に進行し、放置すれば腎不全にいたる
エ 全身症状の急激な悪化を示し、血圧、腎障害の増悪とともに、脳症状や心不全を多く伴う
⑥ 1年内の一過性脳虚血発作、動脈硬化の所見のほかに出血、白斑を伴う高血圧性網膜症を有するものは2級と認定します。
⑦ 頭痛、めまい、耳鳴、手足のしびれ等の自覚症状があり、1年以上前に一過性脳虚血発作のあったもの、眼底に著明な動脈硬化の所見を認めるものは3級と認定します。
⑧ 大動脈解離や大動脈瘤を合併した高血圧は3級と認定します。なお、症状、具体的な日常生活状況等によっては、さらに上位等級に認定します。
⑨ 動脈硬化性末梢動脈閉鎖症を合併した高血圧で、運動障害を生じているものは、肢体の障害の認定要領により認定します。
⑩ 単に高血圧のみでは認定の対象となりません。
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